Buddhist Narratology Laboratory

「答えのない時代に、共に答えを作る」をモットーに仏典を読んでいきます。

『弘明集』を読む(28)

牟子『理惑論』(19)仏伝⑧

 

みょうにち かくねんとして しょざいを しらず
明日廊然(1)として所在を知らず。
次の日、〔太子の部屋は〕がらんとして誰もいなくなっていた。

  1. 【廊然】大空のからりと晴れあがったさま。ここでは、太子が消えて、がらんとして人の気配がないことを表している。

 

 

おう および りみん きょきせざる なし
王及び吏民(1)、歔欷(2)せざる莫し。
〔白浄(浄飯)〕王および民衆たちは、〔太子がいなくなったことを知り、〕悲しまなかった者はいなかった。

  1. 【吏民】役人と一般市民。
  2. 【歔欷】すすり泣くこと。

 

 

これを おって たに およぶ
之を追つて田(1)に及ぶ。
〔白浄(浄飯)王は、太子を〕探し回り、田んぼ〔があるような郊外〕で、〔ようやく太子を〕見つけることができた。

  1. 【田】文字どおり「田んぼ」の意。太子の父・浄飯王 (白浄王)の名前が「浄らかな飯」であることから、その領土では稲作が盛んだったのであろうといわれている。

 

 

おう いわく いまだ なんじ あらざるの とき じんぎに かんじょうせり
王曰く、未だ爾有らざるの時、神祇に勧請(1)せり。
〔白浄(浄飯)〕王は、〔太子に向かって次のように〕言った。「まだお前が生まれていなかったとき、〔わたしは子宝に恵まれるよう〕神々に祈りを捧げた。

  1. 【勧請】神を祀(まつ)り、やって来て願いを叶えてくれるよう祈ること。

 

 

いま すでに なんじ あり たまの ごとく けいのごとし
今既に爾有り。玉の如く、珪の如し(1)
そして、今、お前は生まれ育ち、宝石や水晶のように〔美しく尊い存在に〕なっている。

  1. 【玉の如く、珪の如し】「玉」は東洋において宝石とされる石で、翡翠(ひすい)などがある。「珪」は珪石のことで、石英(せきえい)ともいう。無色透明の鉱物で、特に透明度の高いものを水晶という。

 

 

まさに おういを つぐべくして さるは なんすれぞ と
当に王位を継ぐべくして去るは何ん為れぞと。
まさに〔近い将来、〕王位を継ぐべき〔立場にありながら、王宮から〕出ていくというのは、どういうことなのか。」

 

 

《今回のポイント》
次の日、太子がいないことを知った父・浄飯王はどのような気持ちであったであろうか。昔から、わが息子の思慮深い性格を憂えていたのではないか。「ついにこの日が来てしまった」との思いを禁じえなかったであろう。また、浄飯王にとって、太子がどれだけ大切な存在であったかがわかる。ただ、父はわが息子の考えていることなど、すべてわかっていたであろう。「なぜ、出ていくのか」という質問は、ただの確認でしかない。