Buddhist Narratology Laboratory

「答えのない時代に、共に答えを作る」をモットーに仏典を読んでいきます。

『弘明集』を読む(9)

僧祐「序」(9)【完】

 

かねて せんかいに したがい ろんを まつに ふす

兼ねて浅懐に率い、論を末に附す。

僭越ながら、〔わたくし僧祐も〕鄙見を述べさせていただいた。巻末に『弘明論』(後序)として載せたものがそうである。

  


こいねがわくは けんあいを もって かすかながら えいたいを たすけん

庶くは涓埃(1)を以て、微かながら瀛岱(2)を裨けん。

どうか願わくは、ほんの一滴のしずく、ひと粒のほこりのような〔ちっぽけなこの作品〕によって、わずかであっても大海の水量が増え、泰山の標高が増すことにつながらんことを。

  1. 【涓埃】しずくとちり。『周書』には「涓埃之功」(けんあいのこう)という用例がある。自分の努力や功績を謙遜して言うときに用いられる。
  2.  【瀛岱】「瀛」は大きな海。「岱」は「泰山」(たいざん)のこと。中国五大名山のひとつ。皇帝が天と地に即位を知らせ、天下泰平を感謝する「封禅の儀」を執り行う神聖な山である。

 

 

ただ がく こに しき かにして へんきょくに あるを はず

但だ学孤に識寡にして、褊局に在るを愧ず。

ただ、〔わたくし僧祐の〕学問は、一人よがりでしかない上に、知識も乏しく、視野も狭いことを恥ずかしく思う。

 


はくれんの くんし ぞうこうを めぐめよ

博練の君子増広を恵めよ。

〔さまざまな学問・技芸に通じ、その奥義を極めた〕博雅練達の偉大なる人物が、〔後世、〕この書をさらに増広されんことを〔切に願う〕。

 

 

《今回のポイント》

『弘明集』の最後に掲載されている「後序」は別名『弘明論』とも言う。少しでも仏法流布が進展してほしいという願いが、比喩を用いながら述べられている。また、最後に、僧祐は、未来の人たちに、さらにこの『弘明集』を増やして(仏法を絶やさぬようにして)ほしいという祈りの言葉をもって「序」を終わっている。(実際、その後、道宣(596-667)によって『広弘明集』が編纂され、この祈りは叶った。)