Buddhist Narratology Laboratory

「答えのない時代に、共に答えを作る」をモットーに仏典を読んでいきます。

『弘明集』を読む(10)

牟子『理惑論』(1)序伝①

 

りわくろん
理惑論
世の人々の「無理解」を鎮めるための書

 


いちに いう そうご たいしゅ ぼうし はくでん
一に云ふ、蒼梧(1)太守(2)牟子(3)博伝
一説には、蒼梧の太守であった牟子博による注釈書

  1. 【蒼梧】蒼梧郡。かつて中国南部に存在した郡で、現在の広西チワン族自治区あたりを指す。交州(現在の北ベトナムおよび中国の広東・広西の一部の古称)に属する。
  2. 【太守】郡の長官。ただ、『理惑論』の冒頭に記された牟子の半生を見る限りは、牟子が蒼梧郡の長官であったという記述は見られない。
  3.  【牟子】中国古代の思想家。生没年不明だが、『理惑論』の冒頭にある牟子の伝記には、後漢の第12代皇帝霊帝崩御に関する記述があることから、後漢末の人物であると推定されている。儒家思想を中心に、その他の諸子百家、兵法、さらには神仙(不老不死の仙人に対する信仰)に関するものまで広く学んだ人である。霊帝崩御後の世の混乱を避けて一度交州(ベトナム)へ赴き、その後帰国して結婚したが、士官には就かなかった。

 

ぼうし すでに きょう でん しょしを おさめ
牟子既に経伝諸子(1)を修め、
牟子はこれまでに儒家の経典や注釈書、諸子百家のあらゆる思想書を学び、

  1. 【経伝諸子】「経伝」は儒教の経典(けいてん)とその注釈書。「諸子」は諸子百家の略で、儒家以外の中国の様々な思想家たちの書物を指す。

 

 

しょは だいしょうと なく これを このまざるは なし
書は大小と無く、之を好まざるは靡し。
書物であれば、長編であろうと、短編であろうと関係なく、なんでも好んで〔読んで〕いた。

 


ひょうほうを たのしまずと いえども しかも なお これを よむ
兵法(1)を楽しまずと雖も、然も猶ほ焉を読む。
兵法書はあまり好きではなかったが、それでもなお〔兵法書も〕読んだ。

  1. 【兵法】中国古代に発達した戦闘に関する学問。

 

 

しんせん ふしの しょを よむと いえども おさえて しんぜず
神仙不死(1)の書を読むと雖も、抑へて信ぜず。
神仙の不老不死について書かれた書物も読んだが、特に興味も起こらず、信じることができなかった。

  1. 【神仙】不老不死の存在。修行によって自ら神仙になろうとする中国の神秘的思想を、神仙説とか神仙思想という。のちに道教と集合する。

 

 

もって きょたんと なす
以て虚誕(1)と為す。
ただの妄想としか思えなかった。

  1. 【虚誕】根拠のないでたらめ。

 

 

《今回のポイント》
この「序伝」では、初め、牟子は道術士を徹底的に批判している。しかし、その後、牟子は仏教や道教について研究を始めることになる。これに対して、かつて牟子を孟子の再来として称賛した人々は、牟子が堕落したと非難した。牟子はこうした非難に対し、世の人々の「無理解」(惑)を「鎮める」(理=治)ために『理惑論』を作成した。ここでは、牟子があらゆる分野の書物を読んでいたことが語られている。兵法書のような、あまり好みでない内容のものまで読んでいたとある。また、神仙思想の書物を読んでみても、牟子は特に興味を持てなかったようである。ただの荒唐無稽な説としか感じなかったのであろう。